「授業で使うんだから、コピーしても大丈夫でしょう」——職員室で長年語り継がれてきた、この便利な一言。半分は本当で、半分は危険です。
学校の授業には、著作権法上の特別な配慮(いわゆる35条)があります。ただしそれは「学校なら何でも自由」という意味ではなく、範囲と条件のある例外です。この記事では、先生が教材とディスクに関わるときの線引き——してよい複製・してはいけない複製——を整理したうえで、一番自由で一番強い選択肢である「自作教材のDVD化」の実務までを、学校現場の言葉で解説します。
※個別の判断が必要な場面では、教育委員会・管理職・権利者への確認を。この記事は現場の判断の「地図」であり、最終判断の代わりではありません。
まず全体地図 — 教材と複製の4つのゾーン
先生の日常で出会う複製を、安全な順に4つに分けます。
- ゾーンA: 自作教材——先生自身が作った プリント・スライド・解説動画。権利は作った先生(職務上の扱いは学校)にあり、複製もDVD化も配布も自由。この記事の後半は、ここを最大化する話です
- ゾーンB: 授業の過程での複製(35条の世界)——新聞記事のコピーを班の数だけ、資料の一部を授業プリントに。授業に必要な限度で認められる例外の世界。条件を正しく知れば、堂々と使えます
- ゾーンC: 権利者の利益を害する複製——市販のドリル・ワークブックを買わずに人数分コピー、市販のDVD教材を複製して各教室に配る。35条があっても認められない領域です(「著作権者の利益を不当に害する」場合の除外)
- ゾーンD: 技術的にも法的にも越えられない線——コピーガードのかかった市販DVD・BDの複製。教育目的でも、保護技術の回避を伴う複製はできません。上映で使う(後述)のが正しい形です
- 迷ったらこう考えてください: 「この複製で、本来売れるはずのものが売れなくなるか?」。イエスに近づくほど、ゾーンCの赤信号です
35条の基本 — 「授業の過程」という条件
- 認められるのは、教育を担任する者(先生)と授業を受ける者(児童生徒)が、授業の過程で使用するために、必要と認められる限度で行う複製です。「学校で使う」ではなく「その授業で使う」——学級通信や職員会議の資料は、授業ではありません
- 部数の目安は「その授業のクラスの人数」。学年全体・全校配布になると、「必要な限度」の説明が難しくなっていきます
- オンラインでの送信(授業動画の配信・クラウド配布)は、複製とは別の制度——授業目的公衆送信補償金制度(SARTRAS)の世界です。多くの学校設置者が包括契約を結んでいますが、自分の学校がどうなっているかは管理職・教育委員会に確認を。「教室ではOKだった資料を、そのまま配信に載せる」ときが、制度の切り替わり目です
- そして35条は複製の例外であって、出所の明示や改変への配慮を免除しません。使った資料の出典を書く——授業者としての品位の問題でもあります
やってはいけない複製 — 現場で起きがちな3パターン
- ①市販ワーク・ドリルの人数分コピー: 「1冊だけ買ってコピー」は、まさに販売の代替=権利者の利益を害する典型です。児童生徒が購入することを前提に販売されている教材は、人数分の購入が原則
- ②市販DVD教材・映像ソフトの複製: 「各教室で使いたいから」「貸出用に」と複製するのはNG。コピーガードの回避を伴えば二重にNGです。複数教室で使うなら、必要数の購入かライセンス(学校向け上映・館内視聴権つき商品)で
- ③テレビ番組の録画ライブラリ化: 授業の過程で使う一時的な録画利用と、「学校の共有フォルダに録りためて何年も使う」は別問題です。恒常的なライブラリ化は、権利処理された教材購入で置き換えるのが安全です
- なお、購入した市販DVDを授業で「上映」すること(複製せず、その盤を再生する)は、非営利・無料・無報酬の要件を満たす教育現場では広く行われています。「複製はだめでも、上映はできる」——この区別を知っているだけで、現場の悩みの半分は解けます
一番自由な道 — 自作教材のDVD化
権利の心配がゼロの世界が、自作教材です。そして自作教材は、ディスク化と相性が抜群です。
何を教材にできるか
- 実験・実技の手本動画: 理科の実験手順、家庭科の調理、体育の模範動作、書写の筆づかい。「もう一度見たい」に応える教材は、映像がプリントに勝つ領域です
- 授業の録画: 自分の授業を録って、欠席した子への補習用に、次年度の自分の改善用に。舞台記録の撮り方ほどの機材は不要で、三脚+スマホで足ります
- 地域教材: 地域の産業・史跡・伝統行事の記録を先生が撮って教材化——市販教材にない「うちの学区の教材」は、自作でしか作れません
- 特別支援・個別の教材: その子のペースで繰り返せる教材、絵カードや手順動画——個別最適化の文脈で、自作映像教材の価値は上がり続けています
なぜ「ディスク」なのか — 学校ならではの理由
- ①ネット環境に依存しない: 教室のWi-Fiが不安定でも、プレーヤーとテレビがあれば動く。機器更新の狭間にある学校ほど、ディスクの安定は現役です
- ②家庭への持ち出しに強い: 欠席の子・長期入院の子・外国につながる家庭への教材の受け渡しは、URLよりディスクのほうが確実に届く場面がまだ多い——家庭のネット環境の差を、教材が拡大しないための選択肢です
- ③「学校の資産」として残せる: 個人のクラウドやアカウントに置かれた教材は、異動で消えます。ディスク+学校の保存体系に載せた教材は、学校に残る——次にその学年を持つ誰かの財産です
- ④配信と排他ではありません: 日常は校内サーバーや配信で、保存版・持ち出し用・環境の弱い家庭用をディスクで——併用の設計が現実解です
作り方の実務 — 撮る・まとめる・焼く
- 撮る: スマホ+三脚で十分。手本動画は「全体→手元アップ→もう一度全体」の3カットが観やすい定番です。音声は静かな放課後の教室で録り直す(アフレコ)と、聞き取りやすさが激変します
- まとめる: 単元ごとに5〜10分。長い1本より、「見たいところだけ見られる」短い数本が教材としては強い。チャプターを切るか、トラックを分けて構成します
- 焼く: 校内のPCで焼いてもよし、枚数が要るならデータを送って業者製作。学校向けには請求書払いの可否を先に確認するとスムーズです。盤面に単元名・学年・年度を印刷しておくと、教材室の棚で迷子になりません
- 残す: マスターデータとISOイメージを学校の保存場所へ。増刷・翌年度の焼き増しは、このマスターがあれば数分の仕事です。メディアは長持ちするブランド品を——教材は数年単位で使う「校内の保存物」だからです
教材ライブラリの運用 — 「作った」を「使われ続ける」に
- 教材ディスクは、台帳とセットで初めて資産になります。タイトル・学年・単元・作成者・作成年度・保管場所——記録管理の基本を、教材室の1冊のノート(またはスプレッドシート)に
- 年度末に10分だけ、棚卸しを: 使った教材に正の字、使わなかった教材は理由をメモ。更新するもの・引退させるものが見えてきます
- 異動する先生の自作教材は、本人の了解のうえで学校に残すのが理想です。「著作者は先生、利用は学校」の一言合意をノートに書いておくだけで、後任は堂々と使えます——この一言の有無が、教材文化の続く学校と途切れる学校を分けます
場面別の早見表 — 「これ、やっていい?」への即答集
職員室でよく出る場面を、判定つきで並べておきます(原則論です。最終判断は前述のとおり)。
- 新聞記事を班の数だけコピーして授業で読ませる → ○(35条の典型。出典明示を)
- その記事を学級通信に載せて全家庭へ → 要注意。学級通信は授業の過程ではないため、引用の要件(主従関係・出所明示など)で整理するか、許諾を
- 市販ドリルを1冊買って人数分コピー → ×(ゾーンC。購入で)
- 市販のDVD教材を教室のテレビで再生して見せる → ○が基本(非営利・無料の上映)。複製・ディスク化は×
- 買ったDVDが1枚しかないので、貸出用にコピー → ×(コピーガードの面でも不可)
- 自分の授業を録画して、欠席の子にディスクで渡す → ○(授業の過程の複製として整理しやすい形。自作部分は完全に自由)
- 授業録画を学年の共有フォルダに置いて全クラスで配信 → 公衆送信の領域。SARTRASの契約状況を確認してから
- プリントに資料集の図を1点入れて授業で配る → ○になりやすい(必要な限度・出所明示)。同じプリントを学校サイトで公開すると別の話に
- 運動会のダンスの練習用に、市販CDの音源をコピーして配る → ×寄り。練習・行事での再生と、複製配布は別問題。行事と楽曲の権利の整理を
- 絶版・入手不能の資料を授業用に複製 → 入手可能性は「利益を不当に害するか」の判断で考慮される要素ですが、独断は避けて司書・教育委員会と相談を
- この表の判定が「即答」できるようになる頃には、35条の感覚が身についています。「授業の過程か」「買うべきものの代替か」——結局この2問です
教材動画の品質を一段上げる小技 — 5つだけ
自作教材を「見られる教材」から「使いやすい教材」にする、現場で効く小技です。
- 冒頭に「この動画でわかること」を10秒: 目次のひとことがあるだけで、教材としての完成度が一段上がります。子どもは「何の動画か」が分かった瞬間から集中します
- 手元は「逆光にしない・影を作らない」: 窓を背にせず、手元灯を一つ。撮影の基本は教材でも同じです。カメラの高さは「見せたい面に正対」——黒板は正面から、手元は真上か斜め上から、と覚えれば構図で迷いません
- 1動画1トピック: 「濃度の計算」と「実験手順」は別動画に。探せる教材は、使われる教材です
- 最後に静止画のまとめを5秒: 板書のまとめに相当する1枚を映して終わると、視聴後の定着が違います
- ファイル名とチャプター名に単元番号: 「3-2_食塩水の濃度_実験手順」——命名の規律は教材ライブラリの生命線です
ケーススタディ — 3つの教室から
実験動画で「もう一度」を可能にした理科の先生。 演示実験を毎回スマホで撮りため、単元ごとのDVDに。欠席した子への補習、テスト前の振り返り視聴、そして翌年度の授業準備——1回の実験が、何度も働く教材になりました。5年分たまったいまは、学年の共有財産として教材室に並んでいます。
「1冊コピー」をやめて予算要求に変えた学年主任。 ワークのコピー配布が慣習化していた学年で、主任が線引きを整理——ゾーンC(市販教材の代替コピー)をやめ、必要教材は人数分の購入を予算要求へ。「著作権の話」を「教材予算の話」に翻訳したことで、職員室の納得が得られました。正しさは、実務の言葉に訳すと通るという好例です。あわせて、コピーで済ませていた領域の一部は自作プリント+手本動画で置き換えられることも分かり、教材の質はむしろ上がった——線引きの整理は我慢の話ではなく設計の話だった、というのがこの学年の結論でした。
入院中の児童に教材ディスクを届けた担任。 長期入院の児童へ、授業の録画と自作解説をDVDで定期的に届けた例。院内のプレーヤーで再生でき、家庭のネット環境や端末に依存しない確実さが決め手でした。教材が「授業とのつながり」そのものになった——ディスクという物理の、いちばん温かい使い方かもしれません。
校種別の勘所 — 小・中・高・特別支援・園
- 小学校: 教材の主戦場は「手本動画」(実技・実験・書写・鍵盤)です。担任が全教科を持つ分、教科ごとの自作は無理をせず、学年で分担——1人1教科の動画を作って持ち寄れば、6人の学年団で6教科が揃います
- 中学校: 教科担任制なので、同じ教科を毎年持つ強みを活かした「単元ライブラリ」の積み上げが効きます。定期テスト前の復習用ディスク(希望者貸出)は、塾に行かない家庭への学びの保障としても機能します
- 高校: 探究・課題研究の発表動画、部活動の記録、進路資料——生徒が作る側に回るのが高校の特色です。先生の仕事は権利の線引きを教えること(この記事の前半が、そのまま授業になります)
- 特別支援: 個別の手順動画・スケジュール動画は、その子専用の教材として自作の独壇場です。家庭との連携でディスクを渡す場面も多く、「その子の1枚」を焼ける体制(校内で焼くか、1枚から頼めるか)が実務を支えます
- 園(幼稚園・保育園): 教材というより行事・生活の記録と家庭連携が主役です。手遊びや読み聞かせの「先生の手本」を新任研修用に残す使い方は、園でも立派な教材づくりになります
「教材を作る先生」を職員室で増やすには
- 一人で作り続けると、燃え尽きます。広げる順番は——①まず1本作って授業で使う(実物がすべての説得材料)、②学年会で「作り方10分講習」(スマホ+三脚だけ見せる)、③共有の台帳と保存場所を作る(作った教材が「学校のもの」になる仕組み)
- 管理職への説明は「教材費の節約」より「欠席・入院・多様な学び方への保障」の文脈が響きます。実際、それがこの取り組みの一番の価値です
- 教育委員会・自治体によっては、学校の映像資産の集約・保存の動きもあります。学校単位の台帳が整っていると、そうした施策にもすぐ乗れます——現場の1冊のノートが、自治体のアーカイブの単位になるのです
よくある質問
Q. 「学校には包括契約があるから大丈夫」と聞きました。何が大丈夫なのですか?
A. その「契約」が何かで、大丈夫の範囲が変わります。①SARTRAS(授業目的公衆送信補償金)は配信・送信の話、②JASRACなどとの契約があるとすれば音楽利用の特定の範囲、③教科書会社のデジタル教材ライセンスはその教材の利用条件——どの契約が・何をカバーしているかを、管理職か教育委員会に一度確認してメモしておくと、職員室の「たぶん大丈夫」を「ここまで大丈夫」に変えられます。契約は魔法の傘ではなく、範囲の書かれた傘です。
Q. 教科書のコピーは、どこまで許されますか?
A. 授業の過程で必要な限度の部分複製は35条の範囲に収まり得ますが、教科書・準拠教材を「買わない代わりに」丸ごと近くコピーするのは範囲外です。また拡大教科書など特別なニーズには別の規定・制度があります。量と目的——「その授業に必要な部分だけ」を守るのが実務の線です。
Q. 保護者に授業の様子をDVDで配りたい。35条でいけますか?
A. いけません。保護者への配布は「授業の過程」ではないからです。これは行事の記録・配布の世界——映る子どもの同意設計と、使用楽曲などの権利を、行事DVDと同じ作法で整理してください。
Q. 動画教材に市販の音楽を少しだけ使いたい。
A. 授業の過程での利用は35条の射程に入り得ますが、ディスクにして配る・残す・共有する段階で話が変わります。教材として蓄積・配布するつもりなら、最初から権利フリー音源で作るのが唯一ストレスのない道です。BGM権利の考え方と同じ結論になります。
Q. YouTubeの動画を授業で見せるのは? ダウンロードしてディスクにしても?
A. 教室での視聴(ストリーミング再生を見せる)と、ダウンロードして複製・ディスク化するのは全く別です。後者は規約・権利の両面で問題が生じます。授業で安定して使いたい映像は、権利処理された教材の購入か、自作(この記事の本題)で置き換えてください。
Q. ALTや外部講師が作った教材・映像の扱いは?
A. 外部の方が作ったものの権利は、原則その方(または所属団体)にあります。学校で使い続けたい・複製したい場合は、「授業で使う範囲で学校が複製してよい」の一言合意を、依頼時に交わしておくのが確実です。ゲストティーチャーの講演録画も同じ——録画と利用範囲の同意を、当日の前に。
Q. 教材のディスクが年々増えて、教材室があふれてきました。
A. 良い悩みです。①台帳で「現役・保管・引退」を区分し、②引退分はデータ(ISOイメージ)に集約して盤は適切に処分、③現役分だけ教材室に——という循環を年度末の10分棚卸しに組み込めば、物量は一定に保てます。ディスクは増やすものではなく、回すものです。
Q. 自作教材を他校の先生にも配りたい・売りたい。
A. あなたが権利者なので、配るのも頒布するのも自由です(職務著作の扱い=学校・設置者との関係だけ、先に整理を)。研究会での頒布は小ロット製作がそのまま使えますし、内容が育てばスクール教材の製造・頒布の世界に接続します。先生の自作教材は、思っているより社会的な価値があります。
授業と著作権の関係は、「学校なら自由」でも「何もかも危険」でもなく、条件つきの例外+完全に自由な自作という二層でできています。市販物の複製で綱渡りをするより、自作教材を撮って、まとめて、1枚に焼く——その1枚は権利の心配なく、教室でも家庭でも病室でも動き、あなたが異動しても学校に残ります。
35条の2問(授業の過程か・買うべきものの代替か)を胸ポケットに、あとは先生の知見を残る形に。それがこの記事の、いちばんの提案です。最初の1本は、明日の演示実験からどうぞ——三脚に置いたスマホが、5年後の学年団を助けます。
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