園の行事動画を配りたい。そう決まった瞬間に、担当者の頭に浮かぶのが「勝手に配って大丈夫なんだっけ」という不安です。この不安は正しい。動画にはよその子の顔が写っていて、その扱いを決める権利は園でも係でもなく、それぞれの家庭にあるからです。
でも、怖がって配布をやめてしまうのはもったいない。必要なのは、きちんと聞いて、聞いたとおりに運用すること——つまり同意書と運用ルールです。この記事では、園行事の写真・動画の同意書のつくり方を、そのまま使える文例つきで解説します。配布方法の比較の対になる、「配る前の準備」編です。
なお、この記事は現場の実務整理であって、法律相談の代わりではありません。判断に迷う具体的なケースは、自治体の保育担当課や専門家に確認してください。
なぜ同意書が要るのか — 3つの理由を短く
理由を理解して作る同意書と、形だけの同意書は、運用の質が変わります。最初に3つだけ。
- ① 子どもの顔と名前は、家庭が守りたい情報だから。顔が識別できる写真・動画は個人に関する情報であり、名前とセットになればなおさらです。事情があって所在を知られたくない家庭(転居・家族関係など)が、どのクラスにもいる可能性を前提に設計します
- ② 肖像権への配慮。写った本人(子どもと保護者)には、自分の姿をみだりに公開されない利益があります。行事の記録という正当な目的でも、配布・公開の範囲については本人側の意向を確認するのが筋です
- ③ SNS時代の拡散リスク。かつての「行事のビデオ」は家庭のテレビで完結しました。いまは配布した動画が、悪意なくSNSに載り、無関係の人の目に触れ、保存され得ます。同意書は、この時代の変化に園の運用を追いつかせる道具です
裏返せば、同意書は「トラブルからの防波堤」であると同時に、保護者への「私たちはここまで考えて扱います」という宣言でもあります。丁寧な同意書は、園への信頼をむしろ深めます。
設計の鉄則 — 「撮影」と「用途」を分けて聞く
同意書づくりで最も多い失敗が、「撮影・配布・掲載に同意します/しません」と一括で聞いてしまうことです。これだと「配布はいいけどウェブはイヤ」という家庭が「しません」に丸をつけるしかなく、同意率が不必要に下がります。
鉄則は、用途ごとに分けて聞くこと。実務では次の5段階に分けるのが使いやすい形です。
- 撮影そのもの(園の記録として撮る)
- 園内での掲示・上映(教室の壁、保護者会での上映)
- 保護者への配布物(記念DVD・ブルーレイ、卒園アルバム)
- 園の広報物・ウェブサイト(園だより、ホームページ)
- 園の公式SNS・外部メディア(SNSアカウント、地域誌の取材)
番号が進むほど「園の管理が届かない場所」に近づく、という並びです。多くの家庭は3まで快諾し、4・5で慎重になります。分けて聞けば、3までの同意で行事DVDは配れる——一括で聞いて全部を失うのと、ここが決定的に違います。
もう一つの鉄則は、言葉を具体的にすること。「広報活動に使用します」のような抽象的な書き方は、書く側には便利でも、読む側には「何に使われるか分からない」不安の種です。「園のホームページの行事紹介ページ」「年3回発行の園だより」——具体的に書くほど、同意率は上がります。
そのまま使える同意書の文例
上の設計をそのまま形にした文例です。園の実情に合わせて調整してください。
【お子さまの写真・動画の取り扱いに関する確認書】
◯◯園では、保育の記録および思い出づくりのため、行事や日常の様子を写真・動画で撮影しています。撮影した写真・動画の取り扱いについて、ご意向をお聞かせください。(各項目に◯をおつけください)
- 園内での掲示・行事での上映に使用すること (同意する / 同意しない)
- 在園ご家庭向けの配布物(行事のDVD等・卒園アルバム)に含めること (同意する / 同意しない)
- 園だより等の印刷物に掲載すること (同意する / 同意しない)
- 園のホームページに掲載すること(お名前は掲載しません) (同意する / 同意しない)
- 園の公式SNSに掲載すること(お名前は掲載しません) (同意する / 同意しない)
・本確認書のご回答は、年度の途中でもいつでも変更できます。担任までお申し出ください。
・「同意しない」を選ばれた場合も、行事への参加・保育内容に影響は一切ありません。
・配布物は在園ご家庭限定です。ご家庭においても、受け取られた写真・動画をSNS等へ投稿しないようお願いいたします。園児氏名( )クラス( )保護者署名( )年月日( )
文例のポイントは末尾の3行です。「いつでも変更できる」(撤回の自由)、「同意しなくても不利益がない」(同意の任意性)、そして「受け取った側もSNSに上げない」(配布後のお願い)。この3行があるかどうかが、同意書の品格を分けます。
「同意しない」家庭がいるときの運用 — 排除ではなく設計で解決
同意しない選択があった瞬間に、係の仕事は「気配りの設計」になります。ここが一番の腕の見せどころです。
- 撮影段階での工夫: 集合写真や全体の遠景は問題になりにくい一方、個人がアップで長く映るカットに配慮が要ります。撮影係に「配慮が必要な子がいる」ことだけ共有し、誰なのかはむやみに広めない。名簿の共有範囲は最小限に
- 編集段階での工夫: 配布版から該当のお子さんのアップのカットを外す、ぼかし処理を入れる、全体版と配布版を分ける——配布方法の記事で書いた「上映用と配布用の2バージョン」の考え方がここでも効きます
- 絶対にやってはいけないこと: 「◯◯ちゃんが同意していないので」と他の保護者に説明すること。理由の説明自体がプライバシーの開示になります。「編集上の都合」で通すのが職業的な振る舞いです
- そして大事な視点をひとつ。同意しない家庭は「面倒な家庭」ではありません。事情は様々で、その多くは切実です。どの選択をしても居心地が変わらないことが、同意書運用の成功の定義です
配布方法でリスクは変わる — 同意書とセットで考える
同じ「配布に同意」でも、配布の方法によって実際のリスク量は大きく違います。ここはLINE・転送サービス・ディスクの比較記事で詳しく書いたので、要点だけ。
- URL型の配布(LINE・転送サービス・限定公開)は、転送・再共有が構造的に容易です。「在園家庭限定」の約束が、指一本で破れる環境だという前提で運用を設計する必要があります
- ディスク配布は、配った枚数しか存在せず、コピーにはひと手間かかります。「限定配布」という同意の範囲と、物理媒体の性質が一致している——プライバシー慎重派の家庭に説明しやすいのは、実はディスクです
- どの方法でも、「ご家庭でのSNS投稿はご遠慮ください」の一文を配布物自体に添えること。ディスクなら盤面やジャケットに小さく入れられます。盤面印刷の版下に一文足すだけなので、制作時に忘れずに
導入の段取り — ゼロから運用開始までの5ステップ
「同意書を作ろう」と決めてから、実際に回り出すまでの手順です。新年度からの導入を想定していますが、年度途中でも同じ流れで入れられます。
- たたき台づくり(担当1〜2名): この記事の文例をベースに、園の実情(SNSアカウントの有無、アルバム業者との関係など)に合わせて項目を増減します。ここで大事なのは、園として「使う予定のない項目」を入れないこと。「念のため広く同意を取っておこう」は、保護者の警戒を招くだけで得るものがありません
- 職員間での読み合わせ: 同意書は配って終わりではなく、日々の撮影・掲示・配布で守る約束です。全職員が「どの項目に何人が同意していないか」ではなく「同意状況をどこで確認するか」を知っている状態を作ります
- 保護者への案内: 配布時に「なぜ今導入するのか」を説明する一文を添えます。前述のとおり「より安心してご参加いただくため」の前向きな文脈で。説明会や保護者会がある時期なら、口頭での補足が一番効きます
- 回収と集計: 回収期限は2週間程度。未提出の家庭には個別に声をかけますが、催促ではなく「ご不明点はありませんか」の姿勢で。集計結果は一覧表にして、アクセスできる人を決めます
- 運用開始と年1回の見直し: 行事の撮影計画のたびに一覧を確認する習慣がつけば、定着です。年度初めに「変更はありませんか」の案内を出して、1周年です
全体で1〜2ヶ月の仕事です。行事の少ない時期(年度初めの4〜5月か、行事が一段落した1月頃)に始めると、落ち着いて回せます。
ケーススタディ — 同意書がある園・ない園で何が違ったか
ない園の話から。 運動会のDVDを好意で全家庭に配った園で、ある保護者がわが子の出番をSNSに投稿しました。背景には他の園児がはっきり写っていて、それを見た別の保護者が園に抗議——ここから「誰が悪いのか」の答えのない議論が始まります。園は配布をやめる方向に傾き、翌年から行事の記録は「各自で撮ってください」に。誰も悪意がなかったのに、園の記録文化そのものが失われた典型例です。
ある園の話。 同じことが起きても、展開が変わります。配布物に「SNS投稿はご遠慮ください」が明記されていれば、園は「お願いしていた範囲を超えた利用があった」と、個人を責めずに全体へ再周知できます。抗議した保護者にも「園としてはこういう取り決めで配布している」と説明できる。トラブルをゼロにはできなくても、トラブルが起きたときに立てる場所がある——同意書と一文の価値は、平時ではなく有事に出ます。
もう一つ、設計が効いた例。 事情があって顔出しを避けたい家庭が転入してきた園では、既に「配布物から特定のカットを外す」運用が回っていたため、受け入れ側に動揺がありませんでした。担任と撮影係だけが配慮を共有し、行事も配布も例年どおり。その保護者が後日「行事に普通に参加できたのが本当にありがたかった」と話したそうです。同意書の設計とは、最終的にはこういう家庭が「普通でいられる」ための設計なのだと思います。
よくある質問(続き)— 判断に迷う境界線
Q. 集合写真の後ろに、たまたま他クラスの子が写り込んでいます。配布物に使えますか?
A. 遠景で個人が主役になっていない写り込みまで排除すると、行事の記録は成立しません。実務の線引きは「その子が主役級に、はっきり識別できる形で写っているか」。主役級なら該当クラスの同意状況を確認、遠景の写り込みなら全体記録として扱う——この基準で大半は判断できます。
Q. きょうだいで同意内容が違う場合は?
A. あり得ます(上の子の学年で事情が変わった等)。同意は園児ごとに取り、園児ごとに管理してください。家族単位でまとめると、こうしたケースで事故が起きます。
園側の内部ルール — 同意書の外側で決めておくこと
保護者に聞く話とは別に、園・保護者会の内側で決めておくべき運用ルールがあります。チェックリストとしてどうぞ。
- 撮影機材のルール: 記録係の撮影は園の機材(または係専用の端末)で。職員個人のスマホで撮らない——端末の紛失・私的クラウドへの自動同期が、事故の典型経路です。個人端末で撮った行事写真が、本人も気づかないうちに自宅のクラウドに上がり、家族の共有アルバムに流れる。悪意ゼロで起きる漏えいの、これが最短ルートです
- データの保管場所と権限: 行事データの保管場所を1つに決め、アクセスできる人を限定。保管自体の設計とあわせて、「誰が持っているか分からないコピー」を作らないこと
- 保管期限: 卒園後いつまで保持するかを決め、同意書にも書けるとより誠実です。「卒園後◯年で削除(卒園アルバムの再発行対応のため◯年は保持)」のように、保持する理由とセットで書ける形が理想です
- 同意情報の管理: 誰がどの項目に同意しているかの一覧は、それ自体が要配慮の名簿です。担任と係の必要最小限で共有し、年度末に確実に引き継ぐか廃棄するかを決めます
- 事故時の対応: 万一、動画が意図しない場所に出てしまったときに、誰が・どこへ・何を連絡するか。決めておくだけで、初動が半日変わります
よくある質問
Q. 毎年・行事ごとに同意書を取り直すべきですか?
A. 基本は入園時に包括で取り、年度初めに変更の機会を案内する運用が現実的です。ただし、いつもと性質の違う利用(テレビ取材、コンクール応募など)が発生したときは、その都度個別に確認を。「包括同意の範囲を超えるときは個別に聞く」が原則です。
Q. 保護者が行事で撮った動画は、園の同意書と関係ありますか?
A. 同意書が縛るのは園側の利用で、各家庭の撮影は別の話です。だからこそ、園として「ご家庭で撮影された動画も、他のお子さまが写ったもののSNS投稿はご遠慮ください」と行事のお便りで毎回お願いするのが実務です。ルールではなくお願いベースですが、毎回言い続けることに意味があります。
Q. 卒園アルバムやDVDに名前入りのカットを使いたいのですが。
A. 顔と名前が揃うと情報の重みが一段上がります。配布物の中でも「名前入り」は同意項目を分けて聞くか、名簿ページを別冊にするなどの設計を。スライドショーの記事でも触れましたが、「配布版は名前なし」が迷ったときの安全側です。
Q. 同意書を今まで取ってきませんでした。今さら導入したら、かえって不安を煽りませんか?
A. 導入の案内文に「これまでの運用を見直し、より安心してご参加いただくため」と一文添えれば、むしろ信頼が上がる場面です。実際、導入後に配布物の希望数が増える園は珍しくありません。「ちゃんと管理されている配布物なら欲しい」——保護者の心理はそういうものです。
Q. 小規模な無認可保育やサークル活動でも、ここまで必要ですか?
A. 規模が小さいほど顔の識別性は上がるので、必要性はむしろ高いくらいです。ただし形式は簡素で構いません。この記事の文例から項目を減らして、A5一枚の確認書にするだけでも、何もないのとは雲泥の差です。
Q. 卒園した子の写真・動画は、翌年以降の園紹介に使えますか?
A. 在園中の同意は在園中の利用を想定したものなので、卒園後の広報利用は改めて確認するのが誠実です。卒園時に「今後の園だより・紹介資料への使用」を一項目だけ聞く小さな確認書を渡す園もあります。数年後の「あの写真、まだ使われてるんだ」を、好意的な驚きにするか不快にするかは、この一枚で決まります。
Q. 行事のDVDに、園歌や市販のBGMが入っていても大丈夫ですか?
A. それはプライバシーではなく著作権の問題で、別の検討が要ります。市販曲を配布物に使う難しさとフリー音源への差し替えは卒園DVDのBGM著作権に詳しくまとめています。同意書とBGM——この2つが、園の配布物の「配る前チェック」の両輪です。
同意書づくりは、一見すると「守りの事務作業」です。でも実際にやってみると、園の写真・動画をどう扱うかを職員と保護者が一緒に考える、いい機会になります。きちんと聞いて、聞いたとおりに扱い、形にして配る——配布方法の選び方とこの記事の同意設計をセットで整えれば、行事の記録は「心配の種」から「園の財産」に変わります。
そして最後に、順序の話を。プライバシーの検討は「配布をやめる理由」を探す作業ではなく、「安心して配れる形」を作る作業です。運動会のかけっこも、お遊戯会の晴れ姿も、撮られて、残されて、何年も先に観返されるためにある。その未来を守る紙が1枚あるだけでいい——そう考えると、同意書は園の記録文化のいちばん静かな土台です。

